異世界サイコロ旅行 第十一投

9月6日


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祭りの夜

 大食い大会とドラゴン騒動が終わって、お祭りも子供用から大人用にシフトチェンジ。酒場の明かりが灯り始めてきた。
 うーん、異世界になっても夕暮れ刻って綺麗だなぁ。

「おねぇちゃん、今日はここに泊まって行って」

 街の中心、時計塔の傍。
 細い路地を入って喧騒から少し離れたところにある『刻の宿』っていう看板が掲げられたお宿に案内されたよ。
 この建物だけ、周りとちょっと雰囲気が違うんだよね。こう、古いというか無骨というか。

「本当はいろいろと手続きを踏めば然るべき場所があるんだけど、今日は建国祭でどこの窓口も開いてないんだ。でもここなら部屋が空いてると思う」

 そういってあーちゃんが宿の扉を開ける。こんな日に空室があるなんて……、どうか事故物件じゃありませんように。幽霊とか出ませんようにーっ。

「ミーナ、お客さん連れてきたよー」

「アーシャ様! 御紹介ありがとうございますです! 『刻の宿』へようこそです! ですが、生憎今日、客室は満室なのです!」

 なんと、今度はちょっと垂れた感じの犬耳っ娘です。さっきの大食い大会で優勝したシエラちゃんやウェイターさんと同じチョーカーしているね。
 流行ってるのかな?
 それより今日は満室だって。ふぅー、事故物件回避成功! お化けは嫌なのー!

「今晩、この人を『刻の部屋』に泊めてあげて貰えるかな?」

 そう言って私を前に立たせるあーちゃん。ちょっとだけびっくりしたような表情をして目を泳がせるミーナちゃん。だけど、直ぐに営業スマイルを取り戻して、

「411号室でよろしいです? 夕食と朝食はいかがされますかです?」

 隠し部屋が出て来たぁー。事故物件だー。絶対そうなんだー。
 仕方ない諦めよう。ぐすん。他に空いてるお宿があるとも思えないし、野宿は嫌だし。

「あ、私、夕食はいらないよ!」

「え、いいの?」

「うん、大丈夫」

「それでは御一泊朝食付きで……、1万シリングになりますです! EXC払いもできますです!」

 シリングは多分現地通貨の単位だろうね。
 高いんだか安いんだかよく分からないけど、悲しいかな、異世界に放り出された私に選択権は無い。そしてEXCも無い!
 おずおずと、カリバー君の犠牲によって手元に戻った金貨を出してみる。

「金貨一枚お預かりしますです! えぇーっと、銀貨九枚? お返しするです!」

 ミーナちゃんは小さな声で「一、二、三、四……」と指を使いながら丁寧に九枚の銀貨を集め、ルームキーと一緒に渡してくれた。
 年端もいかない子供にみえる。

「ミーナ……計算早くなったね」

 計算が早くなった? お宿のフロントってそんなレベルで務まるのかしら?
 あーちゃんは慈しむように微笑み、ミーナちゃんも嬉しそうに耳をピンッと立てた。

「さぁエクシア嬢。お部屋へ参りましょう」

 ブルーノさんとあーちゃんが階段を昇っていく。

「俺はロビーで待ってるわー」

 スヴェンさんは、ミーナちゃんに今日の大食い大会の賭けで負けた話を愚痴り始めた。

 一段一段、階段を踏みしめる。そのリズムが私の思考を刺激する。
 街で見かけた似たようなチョーカーをした人達。
 女性や子供も多くて、建国祭だというのに殆どの人が働いていた。
 シエラちゃんは例外? いや、シエラちゃんはそれこそ戦ってた。
 そして、何よりここは貴族制の残る異世界……。

「おねぇちゃん、どうしたの? 具合でも悪い?」

 はっ! と我に返る。
 心配そうにオロオロするあーちゃんの横でブルーノさんが冷たい眼で私を見てる。
 違う。冷たいんじゃない。
 この人の眼は、見抜く眼だ。すごく真っ直ぐで、曇りがない。私の考えてる事もう分かっちゃったよね? ブルーノさん。

「エクシア嬢、さぁ部屋へお入りください。少し遅めのお茶の時間に致しましょう」




 入った部屋は宿の外見とは裏腹に清潔に整えられていた。
 白いベッドが2つ、応接セットまである。ベッドもソファもフカフカだ。
 重たい沈黙の中、カップのお茶の湯気がゆっくりと天井に向かって立ち上っていた。
 話の内容や空気は重いけど、あーちゃんとブルーノさんが誠実に嘘をつかず話してくれたおかげで、心までは飲み込まれないで済んでる。

「そっか……あれ『隷属の首輪』って言うんだ……」

 魔法具だと言っていた。魔術ではない? よく分からないけど、人間が人間に首輪を嵌める。それだけで心が重い。

「ごめんね、おねぇちゃん黙ってて……でも安心して? この国では意図的に奴隷にすることは禁じられているから。おねぇちゃんはこの国にいる限り安全だよ」

 あーちゃんが必死で安心させようとしてくれてる。でも、あーちゃん、

「奴隷にすることはダメでも、奴隷を使う事はいいのね?」

 ミーナちゃんもシエラちゃんも。あんなに小さいのに奴隷で、生きる為に働いているんだ……。

「誰でも、使う事と買う事が申告の上で許可されています。基本的に奴隷に落とされることはありませんが万が一、罪を犯して犯罪奴隷の罰を受けた場合と、借金返済等の為に自ら進んでなる場合は例外です」

「サトシ・ヤマモトが基本的人権という理想を残して16年経つけど、未だに理想は、理想のままなんだ……」

 そう言ったきり喋れなくなったあーちゃんがとても辛そうで、思わずギュッと抱きしめた。
 誰もなりたくて奴隷になっている人なんていないと思う。みんなやむにやまれぬ理由があるんだろう。
 多分、あーちゃんの身分だからこそ感じる辛いことがいっぱいあったよね。そんな気がする。




 あーーーーっ!
 別れ際にする話じゃなかったなーーーーっ! ……反省。
 けどさ、知らないで奴隷にされてしまったりしても大変だしさ!

 モヤモヤする。
 とぅっ!!
 ベットに飛び込んで……、みたらボヨンと跳ねて落ちそうになった。テヘヘ☆

 こういうときは知ってるんだ。
 何かに集中するの。
 今日は描きたい映像が頭の中に一杯貯まったもの! 気分転換にスケッチでもしよっと。
 私も絵描きの端くれ、気になった映像はスケッチに起こすまで忘れないの。
 凄いでしょ!
 スケッチブックのページを捲ると、描きかけの情景が現れた。
 嫌だ、思い出しちゃった。
 ここでオークに掴まれそうになって……。
 閃光で手首が飛んで行って……。
 頸から止め処なく溢れる赤……。
 うぅ、これも多分描くまで忘れられない……。

 うだうだ言っていてもしょうがない。
 描くよっ!



§



 グゥ~。


 あ、あれ!? 今、何時?
 わぁ、もうこんな時間?
 満月の月明りで描いてたよ。
 まだまだ祭りの喧騒が聴こえてくる。
 でも私には今日あった出来事を話す相手もいないんだなぁ。

 さてさて、お腹も減ったし、一回終わりにしてお母さんのお弁当食べましょうかね~。
 日中はリュックから出せなかったから、悪くなってなければいいけど。
 今日のお弁当は何かな~。
 お弁当引っぱり出したら、何かが床にヒラヒラと落ちた。


 『エクシア 16歳のお誕生日おめでとう。 お母さんより』


 ……。

 視界が揺らめいてく……。


 今日に限ってメッセージカードなんて……。
 ダメだよぅ……。

「あちゃー。やっぱり中身グチャグチャでしたか。ハハハハ。」

 目から溢れ、とめどなく頬をつたう。

「お弁当の中身も異世界ってか? 上手いことなってるなぁ。ハハハハ」

 ほうれん草のごま和えと唐揚げがくっついてる。
 ご飯に落ちる大粒の涙。
 この世界、お米なんてあるのかな……。
 私の一番大好きなお母さんお手製ハンバーグを口に運ぶ。
 好きなものは一番最初に食べる派なんだ。

「おいしいなぁ」

 小さい頃、よくお手伝いして一緒に作ったね。
 隠し味に生姜を入れるんだったっけ。
 お母さんが作った最後のハンバーグ。ちゃんと味覚えておけるかな?

「んぐんぐ。唐ごま新食感! 残さず食べましょう。ご飯も一緒に、必殺☆ほっぺパンパン食べ!」

 ふぐっ、ふがっ、うっぐぅぅ。


 んぐっ。


 お母さん!!


 うわぁあぁぁああぁぁ
 全部、全部食べたよ、嫌いなほうれん草も、お母さん。
 心配かけてごめんなさい!
 誕生日パーティの料理食べてあげられなくてごめんなさい!
 一人にしちゃって……、ごめんなさぃ。

 後悔してもしきれない。
 何が良くて、何が悪かったのか。
 できることならサイコロを振る前に戻りたい。
 もう一度お母さんに会いたいよ……。

 もう私は天井を仰いで、声をあげて泣くしかなかった。

§

 どれくらい泣いたのかな。いつの間にかソファーで寝ちゃってた。
 祭りも大分落ち着いたみたいね。

 窓の外には月明りに照らされた時計塔と、所々明かりを残す街並み、そして月の落ちた湖を抱える王城が見えた。

 気分が落ち着かないな。変に目が覚めちゃったし、スケッチしよっと。
 窓を開けて景色を描く。
 時折、スケッチブックが涙で滲む。
 おかしいな。いつもは集中できるのに、考えるのはやっぱりお母さんの事ばかり。
 お母さん、今、何してるのかな。
 悲しんでるのかな。

 あんまり泣かないお母さん。
 でも一度だけ、お父さんの写真を胸に抱いて隠れて泣いているのを見ちゃったことあったなぁ。
 あのとき歌っていた歌はなんだったんだろう。


 お元気ですか

 あなたがいない一日は

 とても長いです

 他愛のない会話が

 あんなに心を満たしてくれていたなんてね


 眠れていますか

 広くなったベッドで こどもが跳ねてます

 あなたの大きな寝返り

 揺らさないでって怒ったのが懐かしい

 そらを見あげた

 いっぱい泣いた

 何も見つからなくて すごく傷ついた

 深い闇の底で 聞こえたの あなたの声

 ぼくは いつも そばにいるよ

 料理すること 掃除すること

 あたなは感謝してくれた

 たくさん笑うこと 泣いたりすること

 あなたは受け止めてくれた

 何気ない日々の1つ1つ あなたを思い出せる

 いたんだね こんな近くに

 きっと私もそばにいるよね

 あなたのそばで 笑ってるよね

 心と心は 繋がってる

 また会える そう信じてる

 あぁ、お母さんはお父さんをずっと忘れられなかったんだ……。
 今、お母さんと離れて初めて分かった。

 私もお母さんのこと忘れないよ。
 そう、絶対に忘れない!
 諦めないよ!
 ミーナちゃんもシエラちゃんも、あんなに小さいのに、奴隷になったって働いて精一杯生きているもの!

 異世界の者共よく聞け! 今宵は建国祭ではない。
 余が天上より現界せし日、エクシア・スコールズの生誕祭であるぞ!
 盛大に祝うがよい!

 絶対に戻る方法探して帰るもん!
 それまで、こっちの世界で精一杯生きてみせるよ!

 鼻水ズピィー。

 気が付いたら、スケッチブックの滲んだ箇所が淡く光っていて。
 顔を上げれば、街中にほわほわと優しい光が浮かぶ、幻想的な光景が広がっていた。

「ギニャー」

 えっ、この鳴き声はカリバー君? えくすこぴょんに食べられたんじゃなかったの?
 なんか、元気出せよって応援された気がする。
 明日から私、もう泣かないよ。

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